今まで1人で事業を行ってきた個人事業主の中には、事業拡大に伴い従業員を雇うことを考え始めるケースもあるかと思います。
しかし、「個人」事業主という名前からか、個人事業主は従業員を雇うことができないと考えている方は多いのではないでしょうか。
実際のところ、個人事業主のままでも従業員を雇うことは可能であり、必ずしも法人化の必要はありません。
ここでは、個人事業主が従業員を雇用する時の流れや、やらなければいけない手続きなどを紹介します。
目次
個人事業主が従業員を雇う時の流れ
個人事業主が従業員を雇う時は、下記のステップを踏む必要があります。
労働条件の通知
労働保険への加入
医療保険への加入
年金保険への加入
労災保険への加入
税務署への届け出
源泉徴収の準備
就業規則の届け出
労働条件の通知
個人事業主が従業員を雇う際には、事業主と従業員の間で雇用契約を結ぶ必要があります。
その際、事業主は従業員に対して契約の内容を通知しなければなりません。
契約内容の中でも特に重要な項目については、書面で相互確認をする必要もあります。
決まった書式はありませんが、厚生労働省HPにある「労働条件通知書」を使えば安心です。
なお、雇用契約に用いた書類を国に提出する必要はありませんが、従業員が退職した場合は3年間保管しておく義務があります。(参考元:厚生労働省HP)
労働保険への加入
従業員を雇う場合、従業員を労働保険に加入させる義務があります。
労働保険とは「労災保険」と「雇用保険」の総称です。
労災保険とは、労働者が業務上の事由又は通勤によって負傷したり、病気に見舞われたり、あるいは不幸にも死亡した場合に被災労働者や遺族を保護するため必要な保険給付を行うものと定義されています。
一方雇用保険とは、労働者が失業した場合及び労働者について雇用の継続が困難となる事由が生じた場合に、労働者の生活及び雇用の安定を図るとともに、再就職を促進するため必要な給付を行うものという定義です。
このように、従業員の業務中の怪我や失業で給料を得られなくなった際に一定額を支給する労働保険への加入を義務付けています。(参考元:厚生労働省HP)
医療保険への加入
従業員を5人以上雇用する際には、従業員を医療保険である国民健康保険に加入させなければなりません。
国民健康保険に加入していると、病気や怪我、出産または死亡に際して、被保険者が医療機関で支払う医療費の負担が軽減されます。
現行の制度では被保険者の自己負担割合は3割です。
また、支払う保険料については個人事業主と従業員で折半という形になっています。
このように、従業員が怪我や病気をした時に備え、医療保険である国民健康保険に加入させることが義務付けられているのです。(参考元:国民健康保険HP)
年金保険への加入
従業員を5人以上雇用する場合は、従業員を厚生年金に加入させなければなりません。
厚生年金は国民年金に上乗せされて給付される年金で、国民年金の金額に厚生年金の受給額が加算された合計金額をもらうことができます。
また、支払う保険料については、個人事業主と従業員で折半という形です。
このように、個人事業主の従業員は、会社員と同じく国民年金の上乗せとしての厚生年金に加入するよう義務付けられています。(参考元:日本年金機構HP)
労災保険への加入
個人事業主が従業員を雇う場合、従業員を労災保険に加入させなければなりません。
労災保険とは、労働者が業務上の事由又は通勤によって負傷したり、病気に見舞われたり、あるいは不幸にも死亡した場合に被災労働者や遺族を保護するため必要な保険給付を行うものと定義されています。
つまり、「従業員が業務中の怪我によって働けなくなった際に、一定額の保険給付を行うという保険」に、従業員を加入させる必要があるのです。
税務署への届け出
初めて従業員を雇う場合は、1か月以内に所轄の税務署に「給与支払事務所等の開設届出書」を提出する必要があります。
提出が遅れてしまっても法律上罰せられるようなことはありませんが、延滞税など余計な税金を後日支払わなければいけなくなるため注意が必要です。
源泉徴収の準備
個人事業主が従業員を雇い給与支払いが発生する場合、個人事業主は源泉徴収の準備をしなければなりません。
源泉徴収とは、雇用主が従業員に給与を支払う際に、本来従業員が自身で納めるべき所得税と復興所得税を予め差し引くことです。
この2つの税金を、雇用主である個人事業主がまとめて所轄の税務署に支払うことになります。
では、この源泉徴収税額の計算をするために、どのような準備をすればいいのでしょうか。
まず、計算に必要な下記の書類を集める必要があります。
- 給与所得者の扶養控除等(異動)申告書
- 源泉徴収税額表
- 源泉徴収簿
「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」は、従業員の扶養控除、寡夫(寡婦)控除、障害者控除などの各種控除を申告することで、税負担の軽減を申請するための書類です。
「源泉徴収税額表」は、所得税の給与天引き額を確認するために用いる表のことを言います。
「源泉徴収簿」は、毎月支給した給与や源泉徴収税額、従業員の扶養親族などを記入した帳簿のことです。
このように、個人事業主は、「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」で軽減税額を確認し、「源泉徴収税額表」を基に源泉徴収税額を計算し、「源泉徴収簿」に毎月記録していくことになります。
次に、源泉徴収税額の納付方法です。
源泉徴収税額を納めるには、下記の書類に必要事項を記入しなければなりません。
- 源泉徴収票
- 扶養控除等申請書
- 源泉徴収簿
- 所得税徴収高計算書
「源泉徴収票」は、雇用主から従業員に支払った総支給額と、雇用主から税務署に支払った所得税額を証明する書類です。
「扶養控除等申請書」は、所得税に関して従業員が各種控除を受けるために必要な書類です。
「源泉徴収簿」は、(雇用主から従業員への支給額)-(源泉徴収額)を毎月記録した帳簿です。
「所得税徴収高計算書」は、源泉所得税納付の際に使用する納付書です。
これらの書類を揃え、個人事業主が毎月まとめて所轄の税務署に納付しにいくという流れになります。(参考元:令和2年版 源泉徴収のしかた(国税庁HP))
就業規則の届出
常時10人以上の労働者を雇用する場合、雇用主は労働基準監査署へ就業規則の届出をしなければならないという義務があります。
労働者が10人未満であれば作成及び届け出の義務はありませんが、就業規則を明文化することで様々なトラブルを回避することができるため、作成することが望ましいです。
厚生労働省が出している「就業規則作成支援ツール」もありますので、参考にしてみてください。(参考元:厚生労働省HP)
個人事業主は家族を従業員として雇うことができる?
個人事業主は家族を従業員として雇うことが可能です。
ただし、この場合は、法人化した方が節税効果は大きくなります。
なぜならば、家族を役員にして役員報酬を支払えば、自身の役員報酬に加え、給与所得控除が増加するからです。
個人事業主でも青色申告をしていれば、「青色事業専従者」という制度で家族に給与を支払うことは可能ですが、事前に税務署に届け出をしなければなりません。
さらに、「その年の6カ月を超える期間、仕事に従事していること」などの細かな要件を満たしている必要があります。
一方、法人において家族を従業員化する場合は、この要件は存在しません。
このように、個人事業主でも家族を従業員として雇うことはできますが、法人化した方が様々な点でメリットがあると言うことができます。
個人事業主が従業員を雇う時のコスト
ここでは、個人事業主が従業員を1名雇う時にかかる年間のコストを計算します。
従業員の前提条件は下記の通りです。
- 22歳
- 月給20万円
- 賞与なし
- 交通費・住宅費・福利厚生費なし
では、項目別にかかる費用を見ていきます。
◆ 給与:20万円/月×12カ月=240万円
◆ 健康保険料:20万円/月×4.92%×12カ月=118,080円
◆ 介護保険料:0円(40歳未満のため)
◆ 厚生年金保険料:20万円/月×9.15%×12カ月=219,600円
◆ 雇用保険料:20万円/月×12カ月×0.6%=17,640円
◆ 労災保険料:20万円/月×12カ月×0.3%=8,820円
◆ 子ども・子育て拠出金:20万円/月×0.36%×12カ月=8,640円
上記をすべて合計すると、2,772,780円となります。
給与である240万円の他にも、約32万円のコストがかかってくるので注意が必要です。
従業員を雇うなら法人化した方がいい?
個人事業主が従業員を雇う場合、個人事業主のままでいるのと法人化するのとでは、どちらにメリットがあるのでしょうか。
結論として、雇う従業員が5人以下の場合であれば個人事業主の方が手続きは簡単に済みます。
従業員5人以下の個人事業主であれば、社会保険の加入は任意です。
一方、法人であれば従業員の数に関わらず、社会保険への加入が義務付けられています。
このように、社会保険加入手続きの煩雑さを考えると、従業員が5人以下であればわざわざ法人化するメリットはないでしょう。
ただし、家族を従業員として雇う場合は、役員報酬支払いに伴う給与所得額控除のメリットがあるため、検討する余地はあります。
個人事業主として従業員を雇うデメリット
個人事業主として従業員を雇うデメリットは、下記の通りです。
- 手続きが煩雑になる
- 人件費という固定費がかかる
- 簡単に解雇できない
手続きが煩雑になる
従業員を雇用する場合、各種保険への加入や源泉徴収の準備など、非常に煩雑な手続きをこなさなければなりません。
自身で完結させるには相応の時間をかける必要がありますし、税理士などに依頼する場合はその分の費用もかかります。
人件費という固定費がかかる
従業員を雇うと、毎月必ず人件費という固定費がかかります。
従業員を1名雇うだけでも、年間で最低でも約270万円のコストとなります。
簡単に解雇できない
現行の日本の法律では、従業員を簡単に解雇できません。
例えば勤務態度の不良や能力不足などがあっても、「従業員の能力開発ができない雇用主の問題」という原則があります。
「何度も機会を与えたが、改善の見込みがなかった」ことを証明する客観的な証拠が必要となります。
懲戒解雇を適用したい場合も、就業規則に明確に記載された懲戒事由に該当することが、客観的に証明できなければなりません。
個人事業主が業務委託で人手を確保するをするメリットとは?
個人事業主が業務委託で人手を確保するメリットは下記の通りです。
- 雇用の際の手続きがいらない
- 解雇や採用が簡単にできる
- 税務処理を簡略化できる
雇用の際の手続きがいらない
業務委託契約であれば、雇用の際の手続きが不要です。
正社員として雇用する場合は各種保険への加入など煩雑な手続きが必要なため、この点で業務委託契約はメリットがあると言えます。
解雇や採用が簡単にできる
業務委託契約は、雇用契約と異なり、労働法による保護がありません。
このため、依頼主からすると解雇も採用も簡単にできるというメリットがあります。
税務処理を簡略化できる
業務委託契約であれば、税務処理を簡略化できるというメリットもあります。
雇用契約の場合、給与支払いの際に雇用主が源泉徴収を行い、税務署に納税するという形を取っていました。
一方業務委託契約であれば、従業員は自身で確定申告し、納税をしなければいけません。
このため、雇用主からすると、納税にかかる負担が軽減されるというメリットがあります。
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まとめ
個人事業主でも従業員を雇用することは可能です。
しかし、法人化した場合や従業員の雇用形態などにより、各手続きは変わってきます。
様々なメリット・デメリットを考え、自分に一番合っている方法を検討してみましょう。
経営サポートプラスアルファでは、個人でも法人でも独立を少しでも考えている人のご相談に乗らさせていただいております。
相談は何度でも無料なので、お気軽にご相談ください。