オフィス用・店舗用にかかわらず、事業用物件を借りる場合には、テナント(賃借人)はオーナー(賃貸人)に対して保証金を預け入れる必要があります。
この保証金とよく似た用語として敷金があり、場合によっては同じように使用されることも多いです。
しかし、敷金と保証金とは何が同じで何が違うのかわからない人も多いでしょう。
そこで、この記事では民法上の定義にもふまえながら、敷金と保証金との違いと、保証金の特殊性や注意点を解説していきます。
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テナントの保証金とは何か?
事業用物件を借りるとき、賃借人が賃貸人に対して預け入れるお金を保証金といいます。
居住用物件の場合は敷金にあたるもので、事業用物件の場合には慣例的に保証金と呼ぶことが多いです。
しかしいずれも、賃料の滞納や汚損・毀損があった場合に備えての債務保証担保であることには違いはありません。
「債務」とは「特定人(債務者)が他の特定人(債権者)に対して、一定の行為(給付)をすることを内容とする義務」とされています。
そして、「担保」とは「債務者が債務を履行しない場合に備えて債権者に提供され、債権の弁済を確保する手段となるもの」のことです。
不動産の賃貸に関しては、賃料の滞納があった際の保証のほか、物件を返還する際の「原状回復義務」のための費用の保証になります。
特に事業用物件の場合には、「原状回復義務」はテナント(賃借人)の側にあるとされ、単なる汚損・毀損のみではなく、内装や設備などの撤去のための工事費用も含まれます。
この工事費用は莫大になるため、テナント側が払いきれない場合に、オーナー(賃貸人)が原状回復を行える担保としての意味合いも保証金にはあるのです。
テナントの保証金の相場は?
オフィス用物件の場合、相場は賃料の6か月分程度、多くて12か月分といわれています。
飲食店の店舗用物件の場合は10か月分が相場で、多い場合には24か月分もの金額になることもあります。
飲食店は店舗用物件のなかでもとりわけ、構造が複雑かつ特殊なことが多く、また油汚れやカビの汚れ、お客さんの出入りによる汚れや毀損のリスクが高いです。
また、飲食店は売り上げに波があり、賃料を払えなくなったり廃業したりする可能性もあります。
そのため、他の業種と比べても、保証金が高めに設定されることが多いです。
いずれにしても、事業用物件を借りる場合には高額の保証金を契約時に預け入れることとなるため、初期費用が莫大にかかりますので注意してください。
民法の改正による「敷金」の明文化
従来、法的に敷金の明確な定義はありませんでしたが、平成29年6月に民法の一部改正が施行され、「第622条の2」として明文化されました。
1. 賃貸人は、敷金(いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。以下この条において同じ。)を受け取っている場合において、次に掲げるときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。
一 賃貸借が終了し、かつ賃貸物の返還を受けたとき。
二 賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき。
2. 賃貸人は、賃借人が賃貸借に基づいて生じた金銭の給付を目的とする債務を履行しないときは、敷金をその債務の弁済に充てることができる。この場合において、賃借人は、賃貸人に対し、敷金をその債務の弁済に充てることを請求することができない。
「敷金」について、「いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう」と定義されました。
ここで「いかなる名目によるかを問わず」とされたことからして、たとえ「保証金」という名目であっても債務保証担保としては同じ意味を持つものとされたのです。
敷金と保証金との違い
敷金と保証金が同じ性格を持つものであると法的に規定されたとはいえ、実際には両者にはさまざまな違いがあります。
(事業用物件でも「敷金」とされていることもありますが、ここでは居住用については「敷金」、事業用については「保証金」という言葉で統一します。)
保証金には「償却分」がある
敷金の場合、賃借人の故意・不注意による汚染・毀損がある場合を除いては全額返還されるケースが多いのですが、保証金の場合には、預け入れたお金から「償却分」を無条件に差し引かれるケースがほとんどです。
「償却分」に関しては賃貸借契約書の特約事項として記載されています。
したがって、最初の契約時にすでに決められているということです。
契約時に決まることですので、あとで不利なことに気づいても契約の変更はできませんので注意しましょう。
特に契約書の「償却分」に関する記載のしかたには着目してください。
大きく分けて2種類の書き方があります。
「解約時に〇%を償却」といった記載と、「年〇%を償却し、契約更新時に費用を充填」といった記載です。
この後者の場合は特に注意が必要です。
契約更新時に、それまでに償却した分を充填するという義務が生じてしまい、更新時にもう一度保証金を支払わなければいけません。
思いがけない高額の出費となるので、あらかじめ確認しておきましょう。
一般的な償却費の相場はおおむね保証金の10~20%です。
なお、オフィス用では、大型ビルなどを中心として償却費を設定しない物件も増えてきています。
ただし中小ビルの場合は償却費が設定されているケースが多いです。
原状回復費用が高額になり、返還されない可能性も
退去時には、償却費に加えて、原状回復費用が保証金から差し引かれることもあります。
居住用物件と違い、事業用物件の場合は賃借人が原状回復義務を負います。
つまり、退去時に物件を元の状態に戻す工事をテナント(賃借人)が行うということです。
居抜き(設備や内装が残った状態)で明け渡す場合もありますが、スケルトン(何もない状態)で戻す場合もあり、そのための工事費用は莫大になります。
なお、原状回復の工事費用は、一般に30坪未満か、30坪以上かで、相場が分かれると言われています。
30坪未満の場合は、坪あたり4~6万円、30坪以上の場合は3~5万円が相場です。
スケルトンで戻す場合にはとりわけ、店舗物件は業種によって複雑で特殊な構造になっていることが多く、その分工事費用は高くなる傾向にあります。
テナント(賃借人)の支払い能力がない場合や、オーナー(賃貸人)から見て、原状回復が不十分であると認識した場合には、保証金から追加で原状回復費用を差し引くことができます。
その場合には、保証金が全く返還されないこともありうるのです。
原状回復の程度(退去時にどういう状態で返却するのか)についても、契約書に定められていますので、はじめによく確認しておくことが大切でしょう。
返還時期が遅くなる可能性も
先に述べた民法「第622条の2」において、敷金の返還時期について、「賃貸借が終了し、かつ賃貸物の返還を受けたとき」と規定されています。
ただし、これは任意規定であり契約書に特約事項がある場合には、そちらが優先されますので注意してください。
保証金の返還は、「賃貸物の返還を受けたとき」に加え、賃借人の債務を清算したのちに行われます。
その時期については「遅滞なく」、「1か月以内に」「6か月以内に」などというように契約書に示されることがほとんどです。
したがって、オフィスや店舗の移転をしようとする時に、新しい物件を借りるための初期費用としてこれまでの保証金の返還分を充てるという考えは成り立ちません。
原状回復工事を行い清算を済ませたうえで、契約書に定められた期限に返還がされるからです。
「保証金」不要の物件はほぼない
居住用物件の場合には、敷金ゼロの物件も増えてきましたが、事業用物件の場合には保証金なしで借りられるケースはほぼないと言っていいでしょう。
理由は、事業用の場合には売上や業績等によって賃料が滞納されるリスクが高いということと、また原状回復のための工事も高額になるということが挙げられます。
保証金(償却分)の由来
実は、敷金と保証金は今日ではほぼ同じ性格のものとして扱われますが、その由来には違いがあるため、「償却分」といった商慣行が残されていると言えます。
保証金は明治時代後期から1960年まで続いた「建設協力金」という商慣行の名残です。
「建設協力金」とは、明治時代後期、大手不動産会社が貸しビルの建設のために賃借人から敷金の他に約20%の建設費用を預かり、10年は無利子で、残りの20年は利子をつけて返済するとされたものです。
こうすることで賃借人は入居する権利を得ていました。
「建設協力金」の慣行は戦後も残り、1960年代まで続きましたが、1970年代に入って、オフィスビルの需要増加にともなってなくなりました。
しかし、この慣行が「保証金(償却分)」として残ることになったのです。
まとめ
敷金と保証金の違いに焦点を置きつつ、事業用テナント物件を借りる際に必要となる保証金の特質や注意点について解説してきました。
平成29年の民法の改正(第622条の2)によって、法的な敷金の定義がなされ明文化されましたが、事業用物件の保証金については、とりわけ契約段階での特約事項で詳細が定められていることが多いので注意してください。
今後、テナントを借りたいと思っている人は今回の記事を参考にして、保証金の特質や保証金の意味などについて確認してください。